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それゆけ!大黒屋光太夫ep.4光太夫が辿った軌跡 /江戸時代ロシア文化を伝えた鈴鹿市の偉人
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三重県 鈴鹿市

それゆけ!大黒屋光太夫ep.4光太夫が辿った軌跡 /江戸時代ロシア文化を伝えた鈴鹿市の偉人

装丁 A4×1枚(裏:すごろく)
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【送料190円(5種類まで)】

 

三重県鈴鹿市の偉人「大黒屋光太夫(だいこくやこうだゆう)」を知っていますか?ロシアに漂着し、帰国後、外国文化を日本に伝えた人です。
江戸時代の鈴鹿市に生まれ、神昌丸の船長だった光太夫。ある日、江戸に向かう途中で嵐に会い、8か月も漂流したのちに、16人の仲間たちと一緒にロシアの東にあるトムチカ島に漂着しました。
その後、極寒のロシアの地を10,000kmも横断し、帰国願を出すも却下されるなど、苦労の末、遭難から10年後に日本に帰国したのです!ロシア宮廷のお茶会に招かれたことがあり、光太夫は日本人で初めて紅茶を飲んだ人物でもあります。
ロシアにいたとき知り合った学者のラクスマンは日本に大変興味があり、光太夫たちが帰国する援助をしてくれました。
1792年、光太夫たちが帰国する際に彼の息子がロシア初の遣日大使として根室を訪れ、鎖国中の日本に通商交渉を行いました。
これは、ペリーが黒船で来航するより60年以上前のことでした。
【掲載内容】
①長い年月を経て ラスクマンとの出会い
②登場人物紹介
③大黒屋光太夫すごろく

発行元 (一社)鈴鹿市観光協会
商品コード 24-10298-9004
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